花の旅 1
真っ白な胡蝶蘭を、現地で調達した五十センチほどの竹の花かごの中央に入れたとき、私のデモンストレーションはすべて終わった。
「これでデモンストレーションを終わります。皆さまにお楽しみいただけたとすれば幸いです。きょうはお集まりいただいてありがとうございました」
一メートルほどの舞台の上から、三百名ほどの観客に向かって、私は感謝の言葉をのべる。言葉が終わったとたんに、観客のあいだから大きな拍手が起こる。最前列には日本人大使夫人や各界の名士の夫人たちが席をしめる。その後ろにぎっしりとつまった人たち。女性たちが圧倒的である。後ろには立っている人も二十数人くらいいるだろうか。
拍手は鳴りつづく。舞台そでに退場しても拍手は鳴りやまない。私はもう一度、あいさつのために舞台に登る。観客の顔をゆっくりと見わたす。となりの人と手をたたきながら言葉をかわして、作品のほうを見ている人、私に向かってほほえみかけている人。何ごとか言いながら、私を見ている人。するとそのうち、どこからか声がかかった。
「アンコール!」
声がしたそのまわりの何人かが、ひときわ拍手のトーンを高くした。するとまたちがう方向から声が起こった。
「アンコール!」
「先生、アンコールをお願いします」
だれかが日本語で言った。
「先生、アンコールだそうです」
東京から私についてきてくれた助手のN君が肩ごしに私に言う。
「ええっ! アンコール? どうしよう。どうしたらいいの。何かある? 花材は?」
私はN君こと中村浩之君に言った。
「えーと。そうだ。ねえ、フィリピンの国旗の色は何? 国旗よ、国旗の色。Tさんに聞いて」
言葉が終わらないうちにN君は舞台そでに引っこむ。舞台のそでは準備室に使われ、花材を水につけたバケツが五、六個並んでいるが、十二作いけ終わったあとでは、わずかに予備としてとっておいた花が数本残っているだけのはずだ。だがN君は、できあがった作品に水をいれるために使う赤いプラスチックの水さしをつかみ、待機していたTさんの耳元で何ごとか言っている。夫君がフィリピン人のTさんは一瞬驚いたようだったが、「えーと」と大きな眼をこらして真剣な表情になる。「そう、たしか……」Tさんが答えるやいなや、彼はわずかに残っていた何本かの花を、塗りもののお盆にのせてもどってきた。
「赤、黄、ブルー、白だって。赤はないから、これ使って」
私の前に赤いプラスチック製の水さしがさしだされた。
汗がじっとりとふきだし、私の髪は額にはりついている。二十五、六度の室温に観客の熱気も加わっているのだろう。顔をあげ、私は言った。
「ありがとうございます。もう一作いけさせていただきます」
会場にはまた拍手が起こった。
スターチスは紫に近かったが、ブルーといってしまおう。さらしてさらに白く着色されたみつまたはこのまま白としてよいし、黄色は、この会場のちかくで売っていた、乾燥させた名もわからない小さな花を使おう。
それらの花材を水さしの口と、取っ手の上にあいた穴を利用していけていった。さらしみつまたで、作品の高さをだした、五十センチほどの、シンプルないけばなが、あっという間にできあがった。
「白、黄、ブルー、そして水さしの赤。これは何の色でしょう」
私は観客の反応を左から右へとうかがった。
「……フィリピンの国旗の色です」
「オー」というどよめきがあった。この手ごたえを感じる間もなく、私は言った。
「フィリピンと日本の人々の友情が、どうかいつまでもつづきますように」
すごい拍手だった。
私はN君にニッコリと合図をし、観客に向かって深くおじぎをした。そして来賓の人々にお礼を言うため舞台の下におりていった。横のテーブルの上に並べられた作品の前には、すでに何重もの人だかりがしていた。前に進むごとに手がさしだされた。握手を求める人、感想を言う人がつづいた。
フィリピンのマニラ、サン・アントニオ・パリッシュセンターでのデモンストレーションがいま終わったのだ。 |