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南米いけばなの旅

「花材」求める目―― ペルー 5

 集まった花材を積んで大使館に向かう途中、T先生は自宅にお茶を用意しているという。自宅は大使館に向かう道にあるということだったが、バケツの中で水につかっているものはともかくとして、ほかの花材は一刻も早く水につけないと、しおれるのではないかと私は心配した。しかし、花材の性質を知っているT先生がおっしゃるのだ。それでは、ほんの少しだけということになった。第一、ここは南米だ。南米ペースでいこう。
 つい最近ドロボウに入られたとかで、T先生のアパートメントの玄関には鉄格子が入っている。鍵は七カ所、開けるだけで何分かかるのだろうか。リマが物騒だという話しをしていると、台所からインディオの少女が顔を出した。インディオといってもメスティーソ(白人とインディオの混血)だろうか。手足が長く、ガーネットのセーターにジーンズの利発そうな娘さんだった。T先生は少女を紹介して、彼女がクスコの出身で、ときどき手伝ってもらっているとつけたした。
 クスコはスペインが侵略してくるまではインカ帝国の首都だった。十三世紀のはじめから十六世紀の前半まで、クスコ盆地を中心にしてインカの文化がひろがっていたのだ。そしてクスコの先には、スペイン人にも知られず、四百年の眠りをむさぼったマチュピチュの遺跡がある。
 T先生が花材整理の手伝いを考えて、このクスコも少女を呼んでおいたとわかったとき、お茶の招きをうけてよかったと私は思った。
 彼女が加わり、一同は大使館に花材を運びこむ。陽はもう暮れている。これからが花材の準備である。庭の片隅にホースをひいてきて次々とバケツに水をためる。残ってくださっていたN氏が、上着をぬいだ姿で、ごくろうさまでしたと奥から出てくる。
 よごしてしまう心配があったので、私たちは大使館の外で作業をさせてもらうことにした。庭の水道の出ている所は、もう暗くて花材がよく見えない。車のヘッドライトをつけっぱなしにして、その光をたよりに、バケツの水の中で花材の根もとを一度、あるいは何度か切る。この作業を私たちはふつう「水あげ」と呼んでいる。花材がはえている状態で切られたとき、茎には空気が入りこむ。これをもう一度水の中で切ると、水があがっていき、花材は生気をとりもどすのだ。いくつかの例外を除き、ほとんどの花材がこの「水あげ」をすることによって、生き生きとしてくる。
 十個のバケツに「水あげ」を終え、種類別にひもで結び、新聞に包んだ花材をいれる。結びひもはたこ糸のようなもので、ポリエチレンのものでも、わらでもない。大きな木の下に包んだ花材を立てかける。T先生を手伝っている無口なクスコの娘さんも、なれた手つきで水あげをする。リマは雨がほとんど降らないので、外で採集した花材にはほこりがこびりついている。ホースで木に水をかけたり、葉を一枚ずつ洗ったりする。どうしてもきれいにならないものは切りすてる。仕事の予定は大幅にのびて、終わったときは深夜零時をまわっていた。
 
 デモンストレーションの日である。きのう、公使が教えてくださった。
「ペルーじゃ日本の感覚からいくと、ことが三倍かかります。ものごとすべてに三をかけるとよろしい。明日までが実際には三日。一週間かかりますが三週間」
 そこにいた人々がそろって、そうそうとうなずく。それが、本当に困ってしまってという表情ではないので、私はおやと思った。
 
 ホテルで、たっぷりと一時間かけてきものを着る。プログラムの開始は三十分遅れということになった。公使の「三倍かかる」説は、私たちを急いで着替えをしなくてもすむという気にさせてくれ、そのおかげで思ったより早く、しかもうまく着られる結果となった。
 きのう遅くまで「水あげ」をした花材は、すべて生き生きしていた。この土地の植物はどうだろうか、水あげをしてもすぐにだめになるものがあるのではないか、と思っていた私はほっとした。公邸から運んだ青竹や、日本からもってきた流木を組み、ピラカンサスに似た花材と菊を大きくいれていく。市瀬さんのくぎ打ちのテクニックを見ながら、彼女が来てくれてよかったと心の底で思う。
 会場は、きのう朝食をとった所につづいたホールである。仮説の舞台が四十センチくらいの高さでできていて、その前に椅子が並べられている。舞台は五メートルくらいの幅に、奥行きが二メートルくらいだろうか。中央に白いクロスのかかっている、長いテーブルがのっている。中央に立ち、ライトの調整をしてもらう。スタンドマイクとワイヤレスマイクのテストをする。
 舞台に花材をのせて運ぶお盆は、ホテルで借りた。由緒ありげで純銀に近いものらしく、そうとう重い。私たちは舞台のそでにある仕切りがわりの金屏風のかげで、最後の花器、花材の点検をする。朝、この器にはこの花材、この枝はどちら側にのばそうと、二人で「花あわせ」をした。こみいった構成のものや、太いつるを組んだバランスをとるのがむずかしい作品は、大ざっぱに下いけをした。大判のノートに書いてあるものをあわせて、順番を確認する。屏風のかげには登場順に花材の入ったバケツが並ぶ。番号を書いた紙きれをはりつけた花器も、運びだしやすいように並べる。
「一番、柳、モンステラ、バラ、剣山一つ。花器はこの変形の水盤ね」
「はい、O・K」
「水切りボール、すぐもってきてね」
「大丈夫」
 花材を水の中で切ると、花材のもちがちがうということを示すため、「水あげ」用の透明なボールに水を入れて用意する。開始三十分前である。観客がそろそろ会場に入りはじめたらしく、屏風のかげからいろいろな髪の色が見える。第一回目の今回は、大使館招待のお客さまだときく。ほとんどが女性である。スーツ、ワンピースといったきちんとした服装をしている彼女たちは、リマ在住の外交官の夫人たちや、ペルー政府要人の夫人やリマ市の関係者、そして日本と関係のある企業の上層部の夫人たちということだった。

 
― 解説 ―
 
花を生ける人の指先は 当然きれいでなくてはなりません。私も人の前でいけるときは マニキュアをしています。つめの表面を保護する役割もするからです。外国で 花を扱うと 汚い話ですが つめの中にもたまるものが多い。そして 手がひどく荒れてしまいます。日本では決してつくはずのない なんだかわからないものを石鹸ではおちなくて 除光液を使ってとってみたり 結構大変なこともあります。少しでもそんなダメージをかくそうと 自分に対してもきれいに見える けれど花に邪魔にならない色を選びます。
2008 Koka
 
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