雲の上のデモンストレーション―― ボリヴィア 8
きのうのデモンストレーションのあとのお茶の席で、いけばなをはじめて見たが、自分でもしてみたいので講習会にはきっと行くという人が何人もいた。そこでいけばなをしたことのない人のために、私は見本として基本の花型をいけることにした。
植物の生育条件が決していいとはいえないこの土地で、どんないけばなが見られるだろうか。いけばなを知らない人々がどんな工夫をして花をいけるか。それを見るのが楽しみだった。
そんな人々に、何といっても話をしてあげるのがもっともよいだろうか。たとえば自分の教室でのように、ある一定期間その人の作品とつきあったうえで、さてきょうのあなたの作品はどうだろうか、といって指導するような場合とはちがうのである。きびしい批評をしたからよいというわけでもない。かといって、すべてけっこうです、美しいです、では参加者たちもつまらなかろう。それにいけばなの使節が四年半も訪れたことのない地域であるから、いけばなを知っている人、習ったことのある人でもその流派はさまざまだろう。
私は素直に、その作品のどこがいいと感じたかを言おうと決めた。一目瞭然、とてもよくできているという作品の場合でも、どこがいいかということを必ず言おう。その色が、線が、花材の組み合わせが、という具合に。
むろんまとまりもなく、とてもいけばなとはいいがたいものもあるかもしれない。しかし、そのなかからでも、どこかいい所をみつけ、このいい点をもっといかすには、ここをちょっとこうしたらどうですか、と実際に手を加えてあげる。
なかには、あれこれいろいろなことをねばり強く聞く人もいる。進行の具合と時間の都合によっては、理屈好きの人には一歩一歩順を追って説明しよう。
学生だったとき、アメリカ人で博士号修得のシスターが、哲学のクラスをもった。講義は英語でされるということで受講生には英語に不自由のない外国人、インターナショナルスクール育ち、外国育ちの日本人、そして身のほど知らずで国内育ちの物好きな学生たちが加わった。
最後のグループに入る私は、英語ではアリストテレスをアリストートル、プラトンのことはプレイトウを発音するのを知っただけで、もうだめだと逃げだしたくなった。しかし結局最後までそのクラスにいたのは、先生の授業の進めかたに興味をもったからだった。はじめは、だれにでも答えられる質問を投げかけることからはじまった。それをクラス全員が確認したうえで、次の質問というふうに段階をのぼっていく。どうしてそう考えるか、その根拠は何か、新しい答え、変わった見解が出るたびに、その答えが正しいかどうかはあとまわしにして、先生はしつこいともいえるほど問いただすのだった。英語の表現でつまずくと、クラスメートが助け船を出してくれることもあり、何とか単位をおとすことなく、次の年もその先生のクラスをとることになった。
言葉に出してみたうえで、自分の思っていることを知る。言葉を通して物の性質を明らかにしてみる。言葉で物をけずっていくような、そんな経験をこのクラスでしたのだった。
勢いよく、どんな質問にも手をあげるのは外国人だった。そんなことは本に書いてあるのにといって、しらけ気味に手をあげなかったのは日本人学生であった。私は日本語ではなく、ハンディキャップのある外国語であったからこそ、その一言一言にすべての意味をこめたいと願った。またそれだからこそ、言葉を考える機会が与えられたのだった。この経験は、外国人に教えるようになって役にたったと思っている。
師プラトンもアリストテレス先生も、私には遠い人になってしまった。このクラスに出たことで英語の単語の数がふえたかと問われれば、それは疑わしい。だが英語を母国語としない人たちのあいだで、英語を通じてコミュニケーションをしようとするときや、やさしい英語だけで多くの意味を伝えなければならないときの、大きな力となってくれたのではないかと思う。
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