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南米いけばなの旅

秘すれば花― パラグアイ 6

 次は単純な表現をしてみようと、丸い花器で、真ん中に半円形のハンドルがついたようなものを使う。この丸いボール状の右と左に、外に向かって五センチくらいの高さの口がついている。これも、ここに来てから手にいれたものである。
 細い五センチくらいの豆が六、七個たれさがった枝を一つの口にいれ、赤い、グロリオサに似た、細い花弁を外にそらせたような花を一輪、もう一つの口からいれ、二つを花器の上で交差させ、バランスをとる。
「これは、こうしておきましょう。シンプルな作品です。いかがでしょう」
「アー!」とか「おー!」という声が拍手のなかにまじった。
ネコジャラシが出てくる番になった。
 花器になるのは、アスンシオンで日常使われる買いものかごである。草で編んだ、どこにもありそうな素朴なところがよい。その中に缶をいれる。水をいれるためである。缶はかくれてしまうからこれでよい。
「これは日本のネコジャラシとよく似ている花材です。この町の近くの、草むらのなかにはえているのを切ってまいりました。パラグアイでは何と言うのでしょうか?」
「ええと、何て言ったかしら」
 と、となりの人と思い出そうとしている人が見える。
「日本では『猫じゃらし』または『エノコロ草』と言います。いかにも、猫をじゃらすのにいいような形をしていますね。日本の猫はこれにじゃれます。私はここにまいりまして、パラグアイの猫もみかけました。日本の猫と似ているようですが、パラグアイの猫もこの草にじゃれるかどうか、残念ながらそれはまだ試しておりません」
 真っ先に楽しそうに笑った人がいたので、その方向を見たら大使がそこにいらした。終わりには少し時間をかけ、四方正面の作品を大きく華やかにいける。丸い葉をつけて、枝がたくさん出ている木と赤いガーベラ、少しピンクの入った白いブーゲンビリア、かすみ草、クロトン。今度はもっぱら手だけを動かす。
 会場では観客が、できあがっていく舞台の作品を見ながら、あちらでもこちらでも何かささやきあっている。いまの私は、そういう状況を少しも気にしない。どんどんいけていく。いかにスムーズに前に進めていくかが大事だ。それに全力を集中する。短く切った枝や茎がたくさん浮いている水きりボールを替え、市瀬さんがちがう種類の花材を運ぶために、舞台のそでと中央を往復する。手伝いの係の夫人方が、彼女に花材ののったお盆を手際よく渡す。二時間前に切ってきてもらったばかりの一メートル半ほどのブーゲンビリアが登場すると、「ウワー」という声が起こった。序、破、急の「急」の段階だ。
 
  急と申すは、揚句の義なり。これはその日の名残なれば、限りの風体(ふうてい)なり
 
  さるほどに、急は、揉み寄せて、乱舞または働きの風体、眼を驚かす気色(けしき)なるべし。「揉む」と申すは、この時分の体なり

(能序破急事)

 最後の花をいれ、全体を改め、一呼吸おいてデモンストレーションの終わりを告げる。並んだ十二作に大きく長い拍手が送られる。ともかく無事に終了したのだ。

 
― 解説 ―
 
つい先ごろ いけばなインターナショナルの 東京本部の例会で 中村草山師範の デモンストレーションがあり 会場いっぱいの観客の中で センスのいいデモンストレーションが展開されました。中村さんとはこの南米の旅の前後 数えれば 何十カ国も一緒に デモの旅をしました。この本の中でも 直接この旅行に関係したわけではないのですが 何箇所か N君という名で登場しています。そのときは助手だったのですが 今はこうして押しも押されもしない 師範になっています。
今でも家族ぐるみのつきあいで (お姉さん)とよばれ 何かと 行き届かず 頼りない私を (ん もおーっ しょうがないんだから!)と 面倒を見てくれます。 こうやって デモンストレーションでいけばなの魅力を紹介してくれる人たちが 次々と出てくることは とてもうれしいことと思っています。
2010 Koka
 
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