「花材」求める目―― ペルー 7
気をいれていたわりには、何だかあっけなく終わってしまったような気がした。もう少しつづけてもよかった気もした。私たちは舞台からおりて、まず大使ご夫妻に、そしてお客さまにごあいさつをする。そのころはもう人々が口々に感想を言いながら作品を見に集まってくる。
「いけばなって堅苦しいと思ったら、とても楽しかった、ありがとうございました」
「三番目に使ったまっすぐな木は、日本からもってきたのですか」
「あんな木がリマにあるなんてねぇ。住んでいる私たちも知らなかったわ」
「おめでとう、素敵なデモンストレーションでした」
「とても早くいけるのですね、あっという間に作品ができるのですね」
と日本人奥さまたちも、作品を見て言う。
T先生をさがしていると、テレビ局の人が、大使へのインタビューにあなたたちも加わってくださいというので、私たちも大使ご夫妻のとなりに座ることになった。天皇誕生日にちなみ、日本特集のプログラムをリマのテレビ局が組んでいるという。時間は一時間半くらいで四月二十九日に放映されるという。
きものを着ていることが急に暑く感じられてくる。汗が一度にふきだしてくる。舞台上での緊張が、いまになってとけてきたのだろうか。
最後まで残っていたお客さまたちも帰り、あとかたづけも関係の方たちが手伝ってくださってすみやかに終わり、すっかり静かになった会場から、何かずいぶんと重いものを長いあいだ持ったあとのような気分で、部屋への階段を上る。途中で、もう草履も脱ぎ捨てて上がっていきたいくらいの気分になってきた。両手の袋の中には、終わってからすぐに点検した、これからも持ち歩くことになる道具類がしっかり入っている。
「ああ!やっちゃった!よくも悪くもともかくも!」
というのが部屋に入ったとたん、私の口をついて出た正直な感想だった。きもののひもを一本ほどくごとに、緊張感もさわやかにはがれていくかのようだった。
「お疲れさまでした。ホント、ありがとうございました」
「お疲れさまでした」
と市瀬さんとお互いの健闘をたたえあって、私たちだけのお茶にすることにした。日本からもってきた万国共通の電気ポットのプラグを、見なれない形の穴があいているホテルのコンセントにさしこんで、その底から泡が少しずつ上がってきたのを見たときは、二人のなかに本当にうれしさがこみ上げてきたのだった。
第一回目のデモンストレーションはともかく終わった。もう少し作品の数をへらして、大きなものをもっと見せたほうがよくなかったか。いや、ここではいけばながまだそんなに知られているというわけではないから、今回のように基本的なものから、作品の大小もとりまぜてバラエティーを出したほうがやはりよかったのではないか。私は次の朝、いれたてのコーヒーをすすりながら、なじみになったコーヒーショップの一番奥の席で、考えていた。
日本語、早すぎただろうか。私はもともと早口なのである。それから、音にも気をつけよう。観客がしんとして見ているとき、いくらテーブル上のタオルの上にはさみをおくといっても、次の作業にかかるために気がせくから、はさみを無造作においてしまう。その音がわれながら耳障りだった。その日の記録ノートには、「一、早口。二、はさみをテーブルにおく音。三、もっと大胆にいける」と書かれている。
しかし「マリポサ(蝶)」は日本だったらとてもできなかった。私自身、顔のあからむ思いだったが、同時にあのとき、ふっとゆるんでいった人々の緊張感は、私にとってひとつの貴重な手ごたえだと思った。
東京を出る前、私はこの旅でのデモンストレーションの大まかなプログラムを次のように考えていた。
まず、いけばなをはじめて見る人もいるかもしれないので、その歴史、日本での稽古の様子、そして私たちの流派ではじめてけいこをするときに学ぶ基本の形などの説明をしてから実際にいけはじめる。
○剣山を使った基本的ないけかた
○筒状の花器を使う投げ入れ
○単純な表現をテーマとしたもの
○着色した、あるいは乾燥させた花材をそれだけでいけたもの、あるいはなまの花材と組み合わせたもの
○葉などを細工していけたもの
○その土地の日用品、あるいは思いがけないものを花器に使った作品
○四方八方のどこからでも見られる作品や剣山を使わない作品、そして実際に人々の生活のなかで、よく使われると思われるテーブルの上にいける花
そのほか、ぼく(太い枝や根の部分)やつるを使ったもの、花器の組み合わせに変化をつけてみせるもの。会場が小さく、小人数のときには、ミニアチュール(極小のいけばな)、実ものや紅葉が手に入るところではそれを利用したもの。
サイズ、花材、色、いけかたをはじめとしていけばなには、テーマがかぎりなく存在する。その各地のいけばなの浸透度や、手にした花材、与えられた時間などによって、テーマと私のいける花は自在に変化する。
花材の豊富な所では、その美しさのみに心をうばわれることなく、そのなかにも個性をもりこんでいけていこうと思った。そんなことにあうたびに、私はいままでいけばなをしてきた自分が、あらたにここでいけばなによって試されていると思うのだった。
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