変化しつづける芸術― ウルグアイ 4
その日、モンテヴィデオの街のなかにある会場の舞台のそでで、私たちはウルグアイの人たちが働く様子を見ていた。半円形にひっこんでいる二階と三階の席もそなえた、なかなか設備のととのった貫禄のある劇場を私は気にいった。私たちの仕事はまず会場の下見からはじまる。その場の感じをつかんでおくことは、大事なことである。作品のサイズをはじめとするデモンストレーションのさまざまな組み立てがきまってくるからだ。
舞台の上にはデモンストレーションの終わったあと、あるいは今晩の上演にそなえてであろうか、大道具が組み立てられている。どんな劇なのだろうか、腐食されたうすい金属の破片が上からたくさんぶらさがっている。張り出したステージが大きいので、デモンストレーションは幕前ですることになっていた。花材は幕の後ろ側におくことになったので、実際にデモンストレーションをするとき、花材を運びだすために少し幕を開けなければならない。舞台のそではその大道具でいっぱいなのである。
もう少ししたら舞台が一段落するというので、私たちは待っていた。机の位置、ライトなど確認しなければならないことがある。毛むくじゃらの男たちが、洗いざらしのTシャツで大道具を運んでいる。二メートルくらいの作品の土台になる木を私たちが組んだり、釘を打っているのを横目でチラチラと見ている男がいる。それがどうやら責任者のようだ。舞台の上もかたづいてきたが、いったいあの上で日本女性たちは何をはじめるのだろう。そんな様子でしきりとこちらを気にしている。
そのうちこの監督は、私たちのライティングの調整をはじめる。
「ハイ。カーテン。もう少し閉めて!」
「もう少ぉし、あ、よし!」
などとどなっている。彼は私に不意に声をかける。
「あ、セニョリータ。机の中央に立ってください。スポットもっと上! よぉし!」
「おい、左のライト。上にいきすぎだぞぉ」
監督さんが光源に向かって声をあげる。
並べられた机の中央に立つ。
「上手の作品にスポットをあててくださいますか?」
と言う。
「オーイ! これにスポット!」
照明係が横にとぶ。
「エスタ、ビエン。グラシアス(はい、けっこう。ありがとう)」
私も照明さんに声をはりあげる。
舞台の下にあって、これから上にあげられるバケツが数個。道具を運んでいた毛むくじゃらの一人が花材のなかにある、さらしあじさいを、片膝を床につけて赤ちゃんの手をとるように、そっとさわってみている。それはちょっといい光景で、私はほんの一瞬それにみとれた。
ケムクジャラは、私の視線に気がつき、一瞬照れたような表情をして私にたずねる。
「こんなに白くどうして作れるんですかネ」
南米で着色した花材は見かけたが、脱色したものはめずらしいらしく、その作りかたを何度も聞かれた。さらしたやしとさらしたあじさいはとくに人気があった。
ケムクジャラの質問に私はとまどう。彼のきいていることは、さすがに私のスペイン語程度でもわかる。この花材はまず科学薬品で脱色して、それだけだとこんなにきれいに白くならないから、何かの方法で着色してあるだろう。それは花屋にくるときにすでに処理されていて、私たちの手もとに渡るときはもう真っ白になっている。スペイン語で何と言おう……。
しかたない、いつもの手だ。
「ラ、ケミコ、エル、コロール。アディオス」
私の並べた単語は、科学、色、サヨナラ。
「アー、シー!」
納得したらしいケムクジャラ、「きれい」と言い残してまたもとの仕事にもどる。ああ、帰ったらスペイン語、猛勉強しよう。すぐにとりかかろう。そう思うのは、とくにこんな一市民から素朴な質問をうけたときだ。
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