秘すれば花― パラグアイ 3
それはさておき、先ほどあげた『風姿花伝』のつづきをみてみよう。
まづこの花の口伝におきても「ただ珍しき花ぞ」と皆人知るならば、「さては珍らしきことあるべし」と思ひ設けたらん見物衆の前にては、たとひ珍しきことをするとも、見手の心に珍しき感はあるべからず
日本からいけばなの先生が来た。きっとデモンストレーションでは新しいテクニックを披露し、めずらしいことをするにちがいないという思いで、人々が見ている。そんなとき、相手の関心に直接応えようというのでは、ちっとも「花」にならない。
さるほどに、人の心に思ひも寄らぬ感を催す手立て、これ花なり
思いがけなさこそ花の命であり、それをはじめから相手に感づかせてはいけない。そのために「秘する」ことが大切なのだ。
アスンシオンの花売りのおばさんたちが、言葉がつきるまでたたえかねない花々の魅力や美しさ。けれどもいけばなをする人が、その一束をほぐし、作品にいけてみせたとしたら、そこには彼女たちの言葉には出てこなかった別のものがあらわれているのではないだろうか。花の秘していたものが、人間の手によってあらわにされるだろう。「秘すれば花」は秘されていたものがあらわにされたときの、心の躍動を前提にしている言葉だと思う。
「そろそろよ」
市瀬さんが時計を見て言う。
私は舞台のそでに、登場順に並べられたバケツに入った花材に目をやる。花材の主なものには白い荷札がつけられ、それが舞台に登場する順に、番号がふってある。花器の中にもその番号をつけた紙が入っている。舞台のそでの壁には、順番に花材と花器そのほか必要なものを書いたプログラムが、セロテープでとめられている。水さしと水切りの透明なボール、それに花材を運ぶお盆が机の上に。そしてワイヤーと金づち、虫ピン、ペンチ、ぞうきんなどもそろっている。
先ほどから聞こえていた客席の人々の話し声が少し静かになった。幕間からのぞいてみると、大使ご夫妻が到着されたらしい。席に着かれるところで、まわりの人とあいさつをかわしておられる姿が見えた。
きものは着なれてきたが、帯〆が気になり私はもう一度その先を帯とのあいだにはさみなおす。
「二時間でしたね」
「はい、二時間とってあります。どうぞ思う存分使ってください」
文化担当のM氏は、ニッコリして私たちを紹介する原稿にまた目をやった。
ピンマイクが襟元にはさまれ、私は大きく息をする。
幕があがり、M氏は舞台に出ていく。
二百名ほどの観客が拍手をしながらステージを注目する。
M氏は、きょう集まってくれたことの謝辞をのべ、次に日本のいけばなのことを少し説明する。「アルテ、ハポネス、デ、アレグロ、フロラル」日本のいけばな、というスペイン語は、私の耳に、とても遠い国の不思議な言葉としてひびいてくる。つづいてM氏は私たち二人を順に紹介し、私と市瀬さんは舞台の上に登場しておじぎをする。
M氏が「それでは」と舞台から去り、私は中央の白いクロスのかかったテーブルの前に進む。市瀬さんが、用意をするため、舞台のそでに退場する。
私は、こういう機会を与えられたことに対しての感謝をのべ、簡単ないけばなの歴史の紹介をしたあと、そでで花器をもって待機している市瀬さんに目で合図をする。市瀬さんの後ろに、手伝ってくれるM夫人がつづき、花材の入ったお盆をもってくる。これからおめにかけますのが、いけばなのけいこをするとき私たちの流派で一番はじめに教えてもらう形ですと説明して、私はその型をいけはじめた。花器と剣山の説明もする。
いけばなはパラグアイでも急速に関心を集め、いけばな熱は高まりつつある。大使館のなかのいけばな教室が開かれている部屋では、地元の高校生たちに依頼して作ってもらったという小判型の陶器水盤が並べられていた。ギザギザの入った、こでまりの葉を大きくしたような葉がついた枝と、ピンクのバラを使ったもっとも基本の形ができあがっていく。枝の長さの計り方、切り方。私は観客に向かってときどき顔をあげ、説明のあいだに観客の表情をそっと見る。彼らはあまり表情を変えず、静かに、じっと見入っている。
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